
創業者・代表取締役
石井 雄也 / YUYA ISHII
若くして年収2,560万円を稼ぎ出し、不動産業界で“伝説の営業マン”と呼ばれた石井。そんな彼が25歳で独立し、PRESIを創業したのは「ただ稼ぐ」ためではなく「業界の頂点を目指す」という覚悟からだった。
不動産事業と投資を掛け合わせ、社員の人生を豊かにする舞台をつくる。その思いを胸に挑み続ける石井に、PRESIの未来と、共に歩む新しい仲間へのメッセージを聞いた。
頂点を目指す、その名に込めた覚悟
PRESIという社名は、“PRESIDENT”という言葉から生まれた。
単なる肩書きではない。「どこから見ても揺るがない存在になりたい」という決意の象徴だ。ロゴは三角形。どの角度から見ても一番強い形で、頂点に黒い部分があるのは「まだ到達していない高み」を示す。
「不動産業界のプレジデントになる」。この言葉を口にするとき、石井の目には迷いがない。財閥系の大企業と同じ戦い方では勝てないことは分かっている。それでも、自分たちにしかできない方法で業界の頂点に挑む。そのためにPRESIは、独自の目利き力で安定をもたらす不動産事業と、将来性ある未上場企業への投資で戦略を描いている。
「価値あるものに先回りしてリスクを取る。来年、再来年で優秀な人材が集まり、投資先のリターンが掛け合わさったとき、PRESIは一気に時価総額1,500億円を超える企業になる」。その果実を得られるのは、今まさに仲間に加わる人たちだ。
営業マンとしての原点——「千に一つ」を探す旅
石井にとって営業は“子育て”に近い。不動産業界では、表に出ていない情報を追い「千三つ(せんみつ)」と言われる希少な案件を見つける。だが、PRESIは「千に一つ」を狙う。その難しさは桁違いだ。
「物件は自分の子どもみたいな存在。必死に探して育てて、売れるときは嬉しいけれど寂しさも大きい。だから、売り先も慎重に選びたくなる」。
成果は簡単には出ないが、その分だけ達成感は大きい。
20代前半の営業マン時代、石井は「負けたくない」「舐められたくない」という思いで、持ち前のコミュニケーション能力や情報収集力、粘り強い営業力が評価され、業界でも異色の存在として知られるようになった。
この営業力の裏付けとなるのが、石井の経歴だ。17歳で株式会社オープンハウスにてアルバイトをはじめた。実需(新築戸建てや土地)の仲介を経験し、20歳で戸建て用地を仕入れる同社ディベロップメント部門へ。國學院大学を中退し、当時のオープンハウスディベロップメント会長の紹介により、不動産業界の大手法人部の間で有名な池袋の岩波建設の門を叩く。そこで都心の大型ビルや収益物件の仕入れを基礎から学んだ。
24歳でオープンハウスに再入社すると、1〜25億円規模の収益不動産を扱い、わずか1年7か月で70件以上の売買を実現。売上185億円、粗利35億円を叩き出し、同社史上初の「殿堂入り社員」に輝いた。
こうして培われた現場力と実績が、PRESIの営業哲学の土台になっている。
経営者への転身——「人間性が悪くなった」自分への違和感
サラリーマンとして数字を上げ続け、年収は2,560万円に到達。しかし石井は、25歳の夏、自分の変化に気づく。
「年収が上がるほど、反比例するように人間性が悪くなっていました。」周囲への感謝を忘れ、会社を自分だけで回していると勘違いしていたのだ。
市場価値を測ると、年収1億円以上を提示する企業があるという。それでも「その価値があるなら、自分でやったほうがいい」と決意。不安よりも挑戦心が勝ち、2016年、株式会社PRESIを創業した。初年度売上は16.2億円、翌年は43億円、3年目には48億円と着実に伸ばし続けた。
独立後、視座は一変した。好調なときも不調なときも、自分次第で会社が変わる。困難に直面しても諦めない力がさらに強まった。
「良いときも悪いときも成長できる」。この感覚は経営者としての最大の財産となった。
向かい風を生き抜く——「かぼちゃの馬車事件」の余波
2018年、業界を揺るがす大事件が起きた。シェアハウス投資を巡る「かぼちゃの馬車事件」だ。サブリース契約の破綻が全国に波及し、多くの投資家が被害を受けた。PRESIは一切関与していなかったが、金融機関の融資姿勢が一気に厳格化し、アパート事業を止めざるを得なくなった。
「追い風のときは人が集まるが、逆風になると去っていく。過信していた自分にも多くの非がありました。」
そうして当時の社員の多くが離れていった。28歳から数年間、苦しい時期が続いたが、石井は耐え、守りを固めた。この間も投資を進め、未来への布石を打ち続けた。そして信頼できる仲間と出会い、再び攻めに転じる準備が整った。
現在は投資先7社の成長が視野に入り、さらなる飛躍の土台が完成しつつある。

ブラックとは無縁、合理と成果の文化
不動産業界やベンチャーと聞くと、長時間労働や根性論を想像するかもしれない。しかし石井は「無駄が大嫌い」と言い切る。
「朝から深夜まで働くのはダメ。健康的に生活し、集中して成果を出すほうが効率的です。」
財務的にも安定しているため、社員に無理をさせる必要がない。これは単なる働きやすさではなく、高い成果を出すための条件だ。
結果を出すために必要な時間とエネルギーを、健全に使える環境。それがPRESIの文化だ。
ベンチャー就職への不安を越えて
親や周囲からの「ベンチャーは不安定だから心配」という声もある。しかし石井は「私にも可愛い子供や仲間、取引先がいます。だからこそ会社を不安定にするわけにはいかないし、誰よりもこの会社のことを考えています。」と話す。
むしろ、大企業のほうにこそ、別のリスクが潜んでいる。怠慢経営により業績が急速に悪化することもあれば、働く人々は歯車の一部として扱われる。窓際族として定年まで過ごす人。パワハラに耐え続け、心をすり減らす人。退屈な業務に押し込められ、鬱になる人。家のローンを返すためだけに、仕事もないのに毎日だらだら残業する人——いわゆる“大企業病”だ。
「うまくいかないのに人を雇う無責任なことはしない。財務の安定性は大前提。そのうえで、どう効率的に成果を出すかを考える会社です。」
PRESIは合理性と成果主義で勝負し、健全な環境を提供する。
育成も投資——“本物”だけを採る
PRESIの新卒初任給は27卒45万円、28卒50万円、その後もさらに上げる方針だ。これは単なる好条件ではない。石井がサラリーマン時代に年収2,560万円を稼いだ経験が「若いうちから稼げる環境は作れる」という確信の根拠になっている。
毎年“本物”だけを採り、少数精鋭で大きな案件を動かす。プロ野球のドラフト候補だった学生や、バスケ全国大会で優勝した学生など、新卒採用をしていなければ出会えなかった人材も多い。「彼らと出会えたことは、私の大きな財産です。」
採用するのは素直で優秀な人材。だからこそ、入社直後から大きな仕事を任せる。そして結果を出せば、20代後半で部長、30歳で執行役員、取締役も夢ではない。
人として立派になる——PRESIで磨く人間性
石井が社員に求めるのは、スキルだけではない。座右の銘「義を見てせざるは勇なきなり」の言葉どおり、人として正しい判断ができる人、弱きを助け強きを挫く人であることだ。
その背景には、コロナ禍での学びがある。時間を得た石井は、世界や日本の歴史・国家観を学ぶようになり「ビジネスだけを見ていては全くダメだ」と痛感したという。本や動画で真実を知れば知るほど、自分たちがビジネスを行う意義を強く意識するようになった。
石井は振り返る。「小学生の頃から先生や親が言うことにずっと違和感があり、一切言うことを聞かなかった。でも、社会に出てから歴史や国家観を学び直したことで、当時の違和感が正しかったと理解できるようになった。」「ただ儲かれば良いのか?PRESIの発展や成長が、この国や社会にどんなプラスを生み出せるのか?」——その問いを深く考えるようになったことが、現在の経営観に直結している。
だからこそ石井は語る。「夢は不動産業界日本一になり、この国や社会、社員の人生を豊かにすること。社員には、仕事100ではなく、人生を豊かにするための仕事をしてほしい。」
PRESIはそれを叶える舞台を用意している。社員一人ひとりが、自分の人生を豊かにしながら、日本一を目指して会社と共に成長できる環境だ。
未来を共に創る仲間へ
PRESIは2045年に時価総額5,000億円以上で東証プライム上場を目指す。ただし、それはゴールではない。
関わる人の利益を損なうなら、急ぐ必要はない。27卒や28卒の社員は、上場時にまだ20代〜30代という成長期にある。その世代と共に、さらに先の未来を創ることがPRESIの本当の挑戦だ。
「人生は、仕事のためにあるのではない。仕事は、人生を豊かにするためにある。」
大企業では経験できない速度と密度で、自分の名前と顔で勝負し、歴史を創る。この挑戦の場で、次の仲間を本気で待っている。